ダムの歴史は古くメソポタミアなどで

灌漑(かんがい)のための小規模なアースダムや石積みダムがつくられていた。

ローマ時代には、飲料水の供給用にダムが建設された。

16世紀末にはスペインで高さ41メートルの石積みダムが建設され、17世紀にはアーチ形式の高さ23メートルと28メートルのダムが建設された。

19世紀になると、重力ダムの設計理論が提案され、それまでは経験に基づいてつくられていたダムが理論に基づいて設計されるようになった。

1824年にはポルトランドセメントが発明され、コンクリートがダムの築造材料として使用されるようになり、1889年に世界で最初のコンクリートダムがサンフランシスコ市の水道用ダムとして建設された。

その後、本格的なコンクリート重力ダムがフランスなどヨーロッパの諸国で水力発電、洪水調節、舟運などのために建設されるようになった。

須田貝ダムは群馬県利根郡

みなかみ町大字藤原字大芦、一級河川・利根川本川上流部に建設されたダムである。

東京電力株式会社が管理する発電専用ダムで、堤高72.0mの重力式コンクリートダムである。

完成当初は楢俣ダム(ならまたダム)と呼ばれたが、後に名称を現在の須田貝ダムへと変更した珍しい経歴を持つダムでもある。

ダムによってできた人造湖は洞元湖(どうげんこ)と名付けられ、奥利根湖(矢木沢ダム)・藤原湖(藤原ダム)と共に奥利根三湖を形成する。

須田貝ダムは、戦前に東京電燈(東京電力の前身)が中心となって計画した「奥利根電源開発計画」の一環として計画され、そして計画に基づき建設された唯一の水力発電用ダムである。

戦前、人口の増加や軍需産業の発展により増え続ける電力需要を賄うため、全国各地で大正時代に引き続き水力発電の開発が推進されていた。

当時電力行政を監督していた逓信省は1937年(昭和12年)より「第三次発電水力調査」計画を策定、技術的に可能である限りダム式発電所の建設を促進する方針を立てた。